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礒さんのメルマガ。 

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今日届いた、

礒一明さんのメルマガの一部をご紹介します。。。



義援金に関して

義援金の話をする時、日本では2つの反応に分かれます。
それは、

「私もやろう!」という愛の連鎖と
「募金は黙って行うものだ、人に話すのは偽善行為だ!」
という怒りの反応です。

どちらの反応に愛があると思いますか?

また、では、義援金、募金をしたことを話すのがいいのか、
黙っているのがいいのか、ですが、
私が好きなスピリチュアルな考え方は、

“行為の背景に愛があるか”

だけが問題という考え方です。

つまり、募金の事実を話す時、周りによく思われようと話すか、
純粋に愛を広げたいと考えて話すかで、愛の広がりが変わるようです。

ここでも、答えは “愛” でした。

私も、義援金への募金を行っています。
意識の中では、ただ、それが広まって欲しいと感じているつもりです。
金額は問題ではありません。
気持ちが、愛として必ず届きます。

そして、このエネルギーを話すことは悪いことではないと思います。




災害援助に関して

災害援助には、いろいろな方法があります。
こうして、瞑想で愛を送ることもその方法の一つですし、
被災地で助けること、上記の募金をすること、メッセージを送ること、
それぞれが、素晴らしい援助です。

この援助に関して、どの方法が他より良い、という
優劣を争うのは意味がありません。
それぞれが素晴らしいのです。

その方法論の比較でいがみあうエネルギーは愛から離れます。

私が目にした例でも

UNICEF派と赤十字派でのネット上での激論
(どちらに募金するのが正しいかという正邪の決着をつける論争)

被災者の心情を考えて悲しみを共有するのが一番で
それ以外はすべて不謹慎と考えて周りを責める

などのケースがあります。

今、地球は、まさにこうした論争を終える、最後のチャンスだと思います。
常に、愛を選びたいと思います。





もやもやがスーッと消えました。。。

そういうことなんですよね(´・ω・`)





コメント

こんにちは。

 思わずコメントしてしまいました。
私も引っかかっていたのです。
愛があるかどうか。。。
         ですよね。

オニ嫁さん。

コメントありがとうございます^^
そうなんですよね。。。
そしてたぶん、みんな愛はあるのだと思いました^^

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